あれこれ日本史年表問題(10)大仏造立の詔
日本史年表問題(10)743年に大仏造立の詔を出した天皇は?
(ア)桓武天皇
(イ)聖武天皇
(ウ)孝謙天皇
(エ)文武天皇
ヒント&チェック
各地で疫病や飢饉が流行り社会的な不安が増大していたことから、仏の力で国家を安定させようとしました(鎮護国家)。
まず最初に、741年に国分寺建立の詔を出し、各地に国分寺や国分尼寺を立て、その2年後の743年に大仏造立の詔が出されました。
大仏造立の詔が出された9年後の752年に大仏の開眼供養が行われています(そのときの天皇は孝謙天皇)。
関連日本史年表
西暦 | トピック | 備考 |
---|---|---|
741年 | 国分寺建立の詔 | |
743年 | 大仏造立の詔 | |
743年 | 墾田永年私財法 | 天平十五年の格 |
752年 | 東大寺の大仏が完成 | |
754年 | 鑑真が来日 |
大仏造立の詔が出されたのと墾田永年私財法が出されたのは同じ年です。
墾田永年私財法の別名「天平十五年の格」とセットで覚えておきたいのが、「養老七年の格」と呼ばれる三世一身の法(723年)です。
前後関係として鑑真来日よりも大仏造立の詔のほうが前のこともポイントです。引っかかりやすいので注意しましょう。
日本史年表問題の正解
(イ)聖武天皇
大仏造立の詔を出したのは聖武天皇。
その9年後に大仏の開眼供養を行ったときの天皇は孝謙天皇です。
聖武天皇は、恭仁(くに)、難波、紫香楽(しがらき)など何度も遷都をしたことも覚えておきましょう。大仏造立の詔を出したのは恭仁京のときです。