センター試験日本史Bの正誤選択問題対策&予想選択肢

センター試験日本史Bの正誤選択問題対策(1)

【正文】
「漢書」地理志には、「倭人は百余国にわかれ、楽浪郡に定期的に使者を送っている」と書かれいている。

 

古代の日本については中国の歴史書に記載がいくつかあります。この歴史書がいくつかあるので紛らわしいですよね。整理しましょう。

  • 「漢書」地理志
  • 「後漢書」東夷伝
  • 「魏志」倭人伝

年代順は書名にある国名からわかります。
中国の国名の古い順となるので、漢→後漢→魏(三国時代)です。

 

「漢書」地理志のポイント

「漢書」地理志に記載されている日本(倭)は、卑弥呼よりも前の時代です。「百余国にわかれ」がポイント。

 

定期的に使者を送っている「楽浪郡」とは、朝鮮半島の平壌(ピョンヤン)付近にあった地域で、前漢の武帝が紀元前108年に設置したものです。

 

資料としては下記のように出題されます。

夫れ楽浪海中に倭人あり。分れて百余国と為す。歳時を以て来り献見すと云ふ。

 

「後漢書」東夷伝のポイント

「後漢書」東夷伝には、奴国の王が金印を授けられたとの記載があります。金印に関するポイントは下記。

  • 紀元57年に
  • 後漢の光武帝から
  • 「漢委奴国王」の文字

また、後漢の都が洛陽だったことも覚えておきましょう。
楽浪郡との引っかけを狙った誤文選択肢も予想されます。

 

【誤文】
「漢書」地理志には、「倭人は百余国にわかれ、洛陽に定期的に使者を送っている」と書かれいている。

×洛陽 → ○楽浪郡

 

また、倭国王の帥升(すいしょう)が生口160人を安帝に献じたことも「後漢書」東夷伝に記されています。

 

「魏志」倭人伝のポイント

邪馬台国の女王「卑弥呼」についての記載があるのが「魏志」倭人伝です。

 

卑弥呼は帯方郡(現在のソウル付近)を通じて使いを洛陽(魏の都)に送っていました。
帯方郡と楽浪郡の引っかけにも注意しましょう。

 

【誤文】
卑弥呼は楽浪郡を通じて使いを魏に送っていました。

×楽浪郡 → ○帯方郡

 

卑弥呼が魏の皇帝から贈られた称号は「親魏倭王」。
金印の文字「漢委奴国王」と混同しないように気をつけましょう。

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